とある人間のブログ

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決まり字のはなし

今日は腰椎ケラッチョという文字列が発明されたすばらしい日だった。これだけで3日間くらい笑えそう。

 
まあ腰椎ケラッチョは以下では関係なくて、今回は「決まり字」についての話。
決まり字という単語を使うのは適切ではない気がするのだけれど、他にいい単語が思い付かなかったのでしかたなく、である。
 
そもそも決まり字というのは百人一首の概念で (違ったら教えてください)、簡単に説明すると、百人一首といっても仮名の有限列の集合と同じだから、最初のn文字を詠めばその元がアイデンティファイできるわけだけど、そのような歌のことを「n字決まり」という。
 
たとえば「むらさめの…」の歌は1字決まりで、「わたのはらやそしまかけて…」の歌は6字決まりである。
 
でもこの考えは短歌を最初から詠むことが前提になっている。ところが百人一首の歌を指定する方法はそれ以外にもあるはずで、たとえば下の句の最初から詠む、という方法をとると、「こころあてに…」の歌は (下の句で) 1字決まりになる (はず) [1]。この歌はもともと4字決まりなので、この方法だと効率がいい (実戦でどう、とかいう話ではないのでごめんなさい。そもそもこんな方法に意味はない)。
 
別に百人一首の話をしたいのではなくて、日常生活でもこういうことがあるなあ、と思ったということである。
 
たとえば、試験を受けていると終了5分前に試験官が合図をするのだけれど、そのときのセリフは一意ではなくて、すぐ思い付く例だと、
「試験時間終了まであと5分です」
「あと5分で試験時間を終了します」
の2つがある。
 
この2つのうちどちらが「いい」アナウンスかといえば、当然後者である (というのが今日の主張)。実際に受験者の気分になってみる。絶対に捨てられない試験で、時間も忘れて解いていると、いきなり試験官が
「試験時間終了…」
と言い始める。一瞬間に合わなかったかとどきっとして、そのあとの
「…まであと5分です」
を聞いてほっとする。
 
この「試験時間終了」という文字列を発音するのに何秒かかるか、計ってみると1.42秒だった*1。1.42秒、試験官のセリフに気付き、どきっとして、思わず顔を上げて確認する、これに十分な時間だ。
 
それに対して「あと5分で…」だと、こういう誤解は生まれない。受験者はちゃんとあと5分で試験が終わるということを認識できる。「あと5分」のあたりで残りの内容は推測できる、つまり、この時点で情報が (ほぼ) 確定している。「試験時間終了…」の何がダメかというと、「まで」のあたりまで行かないとその文章の意味が決まらないことだ。
 
もちろんそこまで余裕がない受験者はいろいろな意味でやばいと思うのだけれど、試験監督が受験者に不必要なショックとかを与えるのはいけない。たとえ1.42秒驚くだけでも。
 
まあそんなに重い話ではないのだけれど、日本語を書く (話すときもだけれど)、特に多数の人間に向けて書くときは、しっかり考えて、読み手の立場に立って、その文章で本当にいいかどうか3回くらい確かめて書くのが必要なんだなあ、という主張は認められるかもしれない (というかそれはそう)。
 
そもそも日本語はSOV型の言語だし、文全体の意味を決めるVの部分は最後に来る。これが一般的にいいとか悪いとかいうことではもちろんないのだけれど、場合によっては、文の意味が確定するのが速い方がいいこともあるかもしれない。そういうときに、ぱっと頭に思い付いたSOV型の文をちょっといじってVを前に持ってくる (もちろん不自然な文になってしまっては格好がつかないけれど)、そういう細かい努力をたまにはしてみてもいいかなあ、なんて思ったわけである。もちろん、このブログでそんな努力はしていないのだけれど。 (終)

[1] 島津忠夫, 櫟原聰編著. カラー小倉百人一首. 京都書房, 二訂版, 2000.

*1:それっぽい口調で、10回の平均。