エントロピーを定義する
物理をやったことがあってもなくても, エントロピーという単語を聞いたことがある人は多いかもしれない (まどマギに出てきたね). このエントロピーというのがなかなかよくわからない概念で困るのだけれど (ぼくもよくわからない), やっぱり大事な概念なので,今日はちょっとその話をしようと思う*1.
エントロピーという物理量はまず熱力学で登場する. 標準的なやり方だと, クラウジウスという人がやった方法をとることが多い.
「熱効率」という概念がある. 2つの熱源 (温度は) があって, 高温の熱源からの熱を受け取って低温の熱源にの熱を捨てる (つまり, 外部にだけの仕事をする) ようなサイクルを考えよう. このときこのサイクルの効率というのを
で定義する. この効率についてはすごい定理があって, 一般に
が成り立つというものだ. つまり, 2つの熱源の間で熱の受け渡しをおこなうようなサイクルの効率は, その温度だけで決まる値を超えることはない.
これらの式からは
という関係が得られる. いまは低温熱源に捨てる熱をとしたけれど, これを吸収する熱がであると思うことにすると
になる.
クラウジウスさんは, 一般に個の熱源があって, それぞれの熱源からはの熱を吸収するようなサイクルに対して
が成り立つことを示した. これをクラウジウスの不等式という. もっと一般的に, 温度が連続的に変わる場合は積分で
という関係式になる (サイクルだから周回積分で書いている). これらの式で等号が成り立つのは一連の熱の受け渡しを逆回しでおこなうことができるときで, サイクルが可逆サイクルであるという.
で, エントロピーが登場するのは可逆サイクルのときだ. 周回積分が0になるので, ある状態から別の状態までの積分
というのは, その積分路によらないことがわかるだろう (別の道を通って戻ってくると0になるので). そこである状態を適当に決めて, 任意の状態における次のような量
が定義できる. このをエントロピーというのだ.
これでエントロピーが定義できたけれど, よくわからない. 統計力学でこのエントロピーが系の「乱雑さ」を表す量である (ボルツマン定数を, 系のとりうる状態の数をとすると, という関係がある) ことがわかって, これはこれですごい定理なのだけれど, ここでは熱力学の文脈でエントロピーの意味をもう少し考えてみることにしよう.
熱力学のエントロピーに関する話はたくさんあるけれど, ここでは有名な「エントロピー増大則」を紹介することにする.
状態からまで不可逆変化 (irで表す) し, そのあとからに可逆変化で戻ってくるようなサイクルを考えよう. 不可逆サイクルなので,
が成り立つけれど, 後半は可逆なのでだから
とくに前半が断熱変化 (外と熱のやりとりがない, すなわち) だとすると
となって, 「断熱変化でエントロピーは増大する」という結果が得られる.
このことを考えると, エントロピーが乱雑さっぽいことがわかる…わからない? だって放っといたらどんどん乱雑な方向に動いていく気はする…
まあ, 統計力学の結果を知っているからこう考えられるのかもしれないけれど.
ちなみに「宇宙は断熱系だから…」と思ってこのエントロピー増大則を宇宙全体に適用して, 「宇宙はどんどん乱雑になっていって, ついには時間的に変化するものが何もなくなる死の世界が訪れる (=宇宙の熱的死)」という考えをした人がいたみたいだけれど, いちおうこの議論が微妙な理由を述べておくと, 宇宙全体が断熱系かどうか (これはそうだと思うけど) わからないし, そもそもビッグバンで「時空が生まれて」その後「空間そのものが膨張」したりしていて (と信じられていて), いろいろと考えに入れる必要がありそうなこと, またもっと基本的な問題としては, 宇宙はたぶん平衡状態になったことはないということがある.
上で「状態からが不可逆…」と書いたけれど, そもそもここで「状態」と言っているのは「平衡状態」のことで, 変化の途中はともかく, エントロピー増大則の最初と最後は平衡状態である必要がある (ちなみに, (準) 平衡状態を保ったまま変化するのが可逆変化だ). だから宇宙全体にエントロピー増大則を適用するのはいろいろと微妙そう, なのである.
いま書いた「変化の前後は平衡状態である」というのは熱力学の欠点であるように思えるかもしれないけれど, 逆にいえば, 最初と最後さえ平衡状態ならその間でどんなに激しい変化をしていてもよい.
統計力学ではこうはいかなくて, 激しい変化に対しては手も足も出ない (非平衡統計力学というのが研究されてはいるけれど, まだまだ発展途上だ).
それにしても上のクラウジウスさんがやったエントロピーの定義はわかりにくいので, 田崎さんの本[2]とかでは別のやり方で定義されている. この本では, 先に内部エネルギーとヘルムホルツの自由エネルギーを定義して, そこからエントロピーを
で定義している. これだと「乱雑さっぽさ」みたいなものが直接わかりやすくていい…ように個人的には思う. だって, 自由エネルギーは「系ができる仕事」に関する概念で, 内部エネルギーのうち「自由に使える部分」のように思えるし, とすれば残りの部分はどうにも取り出せない部分, つまり乱雑さとして中に取り込まれてしまっているもの, という気がする.
やっぱりこれも統計力学の結果をこじつけただけのような気がしてきた. やっぱり統計力学の助けを借りるしかないのかなあ. (終)
[1] 三宅哲. 熱力学. 裳華房, 1989.
[2] 田崎晴明. 熱力学=現代的な視点から. 培風館, 新物理学シリーズ32, 2000.
*1:細かいところをいろいろとごまかしたりしたので, よくわかる人は埋めてみてください.