とある人間のブログ

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ドップラー効果のはなし

この前センター試験の物理の問題を解いていたらドップラー効果が出てきたので, 今日はドップラー効果についての話をしようと思う.
ph-milktea.hatenablog.com


高校で物理をやったことがあれば, 次の式を見たことがあるかもしれない.
 \displaystyle\quad
  \omega'=\frac{v+V_{\mathrm{O}}}{v-V_{\mathrm{S}}}\omega.
ここでは音の速さを vとした.これは, 速さ V_{\mathrm{S}}で動く音源から発射された振動数 \omegaの音が, 速さ V_{\mathrm{O}}で動く観測者には振動数 \omega'のように聞こえる, という式である (符号とかはいい感じになっている). 導出はしないけれど, 適当に物理の教科書を見れば載っていると思う (というか[1]を見れば、この記事に書いた話が全部載っている).

ちょっと考えてみると, この式はいかにも変だ (別に問題はないのだけれど, 僕は最初見たとき気持ち悪かった). だって音源と観測者が相対運動しているだけなのに, どうして音源の速さは分子にあって, 観測者の速さは分母にあるのだろう?

それは「波の速さは音源の速さに関係なく一定」だからだ. 止まっている救急車のサイレンも, 時速100キロで走っている救急車のサイレンも, 同じ速さで伝わっていく. たとえば音が本来より高く (振動数が大きく) 感じられるのは音源と観測者の間で音波が「圧縮」されているからだけれど, この事情を考慮すれば, 音源が動く場合と観測者が動く場合でその圧縮のされ方が異なるのがわかるはずだ.

これで分母と分子に分かれる理由はわかったけれど, やっぱり音源と観測者は「相対的に」運動しているのだ. 音源から見れば観測者が動いているし, 観測者から見れば音源が動いている. それでも上のような違いを認識することができたのは波を伝える媒質があったからで, いままで止まっているとか動いているとか言っていたのは, この媒質に対しての話だったのだ (つまり, 媒質に対して止まっているような座標系があって, それに対しての運動を議論していた).


さて, 僕たちは光が波であることを知っている (知っている, という表現はよくないかもしれなくて, 光が波であると言わざるを得ないような実験事実がある, という方が正確だ). だから先人たちは光の媒質を探したのだけれど, だれもその存在を確かめることはできなかった. それで光の媒質は「ない」という結論になった*1.

光が特殊な波であることは, アインシュタイン相対性理論でも重要な役割をはたしている. 彼は特殊相対論を展開するときに,
「どのような観測者から見ても, 光の速さは同じである」
という仮定をおき, 重要な指導原理として用いた.

でも光だって波だから, ドップラー効果は起こる. 実際に光のドップラー効果はいろいろなところで現れていて, たとえば遠い銀河までの距離を測るのに使ったりもする[2]し, そのときに出てくる「赤方偏移」という言葉こそが光のドップラー効果のことだったりする.

光のドップラー効果の式が, 上で書いた式と同じにならないことは簡単にわかるだろう. あの式は媒質が存在したから導けたのであって, 光の場合にはもちろん適用できない.

それでどうするのかというと, アインシュタインの考えた「どのような観測者から見ても, 光の速さは同じである」という原理を使う. ここでは, 音源に対して観測者が動いていることと, 観測者に対して音源が動いていることは区別されない. 細かい議論は省くけれど*2, 光のドップラー効果の式は次のようになる.
 \displaystyle\quad
  \omega'=\sqrt{\frac{1+V/c}{1-V/c}}\,\omega.
ここで cが光速で,  Vというのは音源と観測者の相対速度だ. これで「音源の速さ」や「観測者の速さ」などというものは消えて, 式に現れるのはその相対速度だけになった. 上で言った気持ち悪さはなくなったわけだ. めでたしめでたし. (終)


[1] 風間洋一. 相対性理論入門講義. 培風館, 現代物理学入門講義シリーズ1, 1997年.

[2] 国立天文台のサイトにも書いてあるから, たぶん実際におこなわれていると思う.
www.nao.ac.jp

*1:真空が媒質であると言ってもいいかもしれないけれど, 上で媒質の静止系がとれると言ったので, それと矛盾しないように, ここでは真空を媒質とは言わない.

*2:ローレンツ変換を説明するのが面倒だったので省いた. ローレンツ変換がわかる人は, 同じ世界点で波の変位が等しいとした式に現れる時間変数と位置変数にローレンツ変換を代入してやれば,  (\omega/c,\vec{k}) ( \vec{k}は波数) がローレンツ・ベクトルとして変換することがわかるので, これを用いればよい.